物語の海へ

History

古くより岩手県の玄関口として栄えた大船渡港。 文化と物流の両面から大きな役割を果たしてきました。

コロンブスが目指した黄金の都ジパングと「ケセン」を結ぶ、 ロマンあふれる物語をご紹介します。

  • 物語の海へ、コロンブスが目指した港、大船渡
  • サンタ・マリア号は消えても、22年前、コロンブスの新大陸到達500年目に当たる1992年に青年会議所の若者たちが中心となって大船渡に復元帆船サンタ・マリア号を招いた。マルコ・ポーロが東方見聞録に記した黄金の都ジパング=平泉、それに憧れたコロンブスがめざした港=大船渡というロマンあふれる仮説に基づくストーリーを描いて。神戸メリケン・パークで展示されていた復元帆船サンタ・マリア号は老朽化が進み、関係者の願いもむなしく昨年の夏、解体されてしまった。いまは一部がモニュメントとして残されるのみである。サンタ・マリア号は消えても、大船渡と世界のつながりをめぐる物語は尽きることなく、永遠に語り継がれていかねばならない。海を舞台に育まれてきた物語を核として、気仙地域の黄金文化の素晴らしさと世界史の中で果たしてきた重要な役割を、広く国内外に向けて発信する拠点を作りたい。
  • マルコ・ポーロが、フビライ汗がめざしたジパング、その繁栄を豊穣な黄金で支えたケセン。ケセンには古来から独特な文化が育まれる土壌があった。その理由のひとつが世界三大漁場、三陸の海によって海外に向けて開けた立地と人々の気質ではないか。海を渡ってコロンブスはケセンをめざし、のちにビスカイノが金銀島を探して大船渡にたどり着き「サン・アンドレス」という美しい名前を与えた。ビスカイノはこの時慶長の大津波に遭い、伊達家の庇護でサン・ファン・バウティスタ号を建造。これが支倉常長の「慶長遣欧使節」となる。平泉の藤原家は、海を通じて直接中国と交易していたと言われている。海とともに生きてきたケセンの人々が作り上げた豊かな文化、黄金の産出地であるがゆえに翻弄された歴史、織りなされてきた数奇な物語。
  • サンタ・マリア号を中心に5つのテーマ/海:世界三大漁場、海の幸、津波/物語:カナイヌ、アテルイ、東方見聞録/文化:ケセン語、気仙大工、豊かな食、クラフト/歴史:世界史、日本史、気仙史/黄金:金鉱山、平泉、ジパング
  • 三陸海岸ジオラマ模型/世界三大漁場マップ。気仙丸:三陸の海の幸、津波との闘いの記録/世界三大漁場のひとつであり、暖流と寒流の交わる潮目である海は、豊かな恵みをもたらすと同時に、津波という試練も繰り返し人々に与えてきた。ケセンと世界を結ぶ三陸の海。物語はここから始まる。
  • 黄金/ケセン金鉱山マップ/平泉イントロダクション:黄金の都ジパング、日本を支えたケセンの金
、ゴールドラッシュ世界地図/ケセンの山々がもたらす黄金の恵み。それは国内のみならず世界中の人々を魅了するとともに、平泉の藤原氏、鎌倉幕府の源氏、そして中国の元朝の運命までをも左右する魔力を有していた。
  • 歴史/3D年表:世界史、日本史、気仙史/世界ゴールドラッシュ年表/大航海時代とケセン/サンタ・マリア号の縁で結ばれたスペインの姉妹都市パロスの紹介:ケセンの黄金が日本史のみならず世界史に大きな影響を及ぼしてきたことは、もっと広く知られてよいことだと思う。マルコ・ポーロが東方見聞録に描いたジパングをコロンブスも元寇もめざしたが、そこにたどり着くことはなかった。コロンブスが果たせなかった夢は、1992年、復元船サンタ・マリア号の大船渡寄港という形で実現する。
  • 文化/ケセンの縄文文化:市立博物館との連携/ケセン語とケセン文化:山浦玄嗣先生コーナー:気仙大工・左官の匠の技、ケセンクラフト:木工、硯等、豊かな食文化、伝統芸能:鹿踊り、スネカ等/ケセンには恵まれた食材、気仙大工・左官や木工、硯などの匠の技、伝統芸能そしてケセン語など、縄文時代まで遡る独自の文化が満ちあふれている。これらの文化を後世に、世界に伝えていく役割をこのミュージアムが担う。
  • 物語/エミシの3酋長:カナイヌ、ハヤトラ、クマイ/アテルイの時代:マルコ・ポーロ:東方見聞録
、岩手文学館:遠野(柳田邦男):花巻(宮沢賢治):盛岡(石川啄木)/三鬼と呼ばれた伝説の武者、カナイヌ、ハヤトラ、クマイ。エミシ族の指導者、アテルイにナガスネヒコ。ケセン各地に伝わる民話の数々。マルコ・ポーロの東方見聞録に記されたジパング=平泉、コロンブスが目指した港=大船渡というロマンティックな仮説。海から始まった物語は、再び海に還る。
  • モニュメント/噴水の中央、ポールの上に地球儀、そのうえにサンタ・マリア号。ポールを囲んで、ケセンの独立のために戦った3人のエミシの酋長猪川のカナイヌ、小友のハヤトラ、矢作のクマイが並び立つ。このモニュメントは、過去から未来へと気仙2市1町の心を一つにし、震災復興のシンボルとして内外にアピールする。